入り口の前の根性の悪そうな野良猫
294名前: おさかなくわえた名無しさん投稿日: 02/02/27 03:06 ID:lUKVqpQf
うちの母が勤めていた運送会社のドライバーのBさんは、つき合いが悪く無口で影が
ある、三十代半ばの独身男。
そんなBさんが、珍しく出てきた飲み会で、ポツリポツリとうちの母に語ったという
話。
ある夜、一人アパートに帰ると、入り口の前で根性の悪そうな野良猫がBさんの前に
立ちふさがり、「フ~ッ!」と威嚇した。
元々ヤンキー上がりのBさん、内心「なんじゃ、ワレェ! 猫のくせにメンチ切りや
がって!」と思いつつにらみ返すが、その猫も根性があって引かない。
しかし所詮は猫、Bさんに追い散らされて逃げていった。
それから毎日、猫とBさんの戦いが始まった。
猫嫌いだったBさんだったが、毎晩仕事仲間の誘いも断って帰る孤独な身。やがて、
毎晩アパートの玄関先で出迎えて(?)くれる野良猫に、親近感を抱くようになって
いった。
ところが、出会って二週間目の事。いつものように「フ~ッ!」と威嚇してくる猫の
の様子が変だった。憎らしい表情でうなっているのは同じだが、地面にうずくまった
まま、腰を上げていないのだ。よく見ると、下半身が血まみれだった。
どうやら、車にでも跳ねられたらしい。それでも、自分の縄張りと決めたアパートの
玄関先を守ろうと、Bさんを威嚇する猫。
「まったく、憎らしい奴だな。こんな怪我した時くらい、甘えりゃいいのに」
放っておいてもよかった。自分は猫好きでもなんでもない。猫一匹死んだところで、
俺には何も関係ない……
そう思って猫をまたいで家に入ったBさんだったが、部屋に入るとタウンページで獣
医の電話番号を調べ、片っ端から電話をかけた。しかし時刻は夜の十一時、どこも留
守電。やっと、人が出たと思ってもけんもほろろ。Bさんは電話に出た獣医を片っ端
から怒鳴りつけ、一軒の病院に傷ついた猫を連れて行った。
診断は、下半身の骨と内臓がグシャグシャで、助かる見込みはないという事だった。
「どうします? 薬で楽にしてあげた方がいいけど、その場合料金はいただきます。
放っておいてもたぶん明け方までには死にますし、そうしたらこちらで処分します
けど。まあ、どうせあんた、飼い主じゃないんでしょ?」
先程まではBさんに牙を剥いていた猫だったが、病院に着いてからは見るからに苦し
そうだった。毎晩毛を逆立て、憎々しげにうなっていた面影は全くない。
悩んだ挙げ句、Bさんは決断した。
「くそっ、払うよ。いくらだ?」
三万だか五万だかを請求されたらしいが、Bさんは払った。内心では「なんで俺が、
こんな憎ったらしいノラ猫のために」と思いながらも、あと何時間も苦しみながら
死んでいくしかない猫が、不憫でならなかった。
(憎たらしい奴だったが、もしかしたらあと何日かすれば仲良くなれたかもしれない
なぁ……。悪い、助けてやれなかったよ。俺にできるのは、こんな事くらいだ。安ら
かに眠ってくれ……)
Bさんは、いつの間にか涙を流していた。父親が死んだ時も、泣かなかったというの
に。それほど、毎夜の猫との戦いは、Bさんにとって欠かせない一時になっていた。
医者が薬殺の準備をしている間、Bさんは苦しそうに呻く猫の頭をそっと撫でてやっ
た。その手をペロペロ舐めながら、猫はか細い声で「ニャァ」と鳴いた。
「なんだよ。お前、ちゃんと可愛く鳴けるんじゃないか……」
いつも「フ~ッ!」とか「ギニャ~!」などと敵意剥き出しの鳴き声しか出さなかっ
たその猫が、初めて自分に心を開いたと思うと、Bさんはますます泣けてきたとい
う。やがて医師に注射をされ、誇り高い猫は静かに息を引き取った。
「Eさん(私の母)って、猫好きでしたよね。どうしても、この話聞いてもらいたく
て。俺、馬鹿なことしたんですかね?」
荒くれ男揃いの社員の中でも特に変わり者(嫌われ者)だったBさんに、母はこう
言ったそうです。
「うん、あんた馬鹿よ。安月給のくせに、そんなお金出すなんて。でも、最期にそん
な馬鹿な男に出会えたその猫は、幸せだったかもね。これからは、もっと動物にも人
にも優しい気持ちを持ちなさい。憎らしい野良猫を見捨てられなかった気持ちを忘れ
なければ、人ともうまくやっていけるわよ」
その後、Bさんはうまくいっていなかった同僚たちともうち解け、やがて猫好きの嫁
さんをもらって猫と暮らしているそうです。
145の「人形ケース猫」も実話です。あれも母から聞いた話の一つ。
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